AIによる大量生産が招く「Webの均質化」。それでも私たちが、汗をかいて言葉を紡ぐべき理由
「AIを使えば、ブログ記事なんて一瞬で書ける」 「コンテンツ制作のコストが十分の一になった」
ここ最近、そんな声があちこちから聞こえてきます。確かに、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化は凄まじいものがあります。キーワードをいくつか投げかけるだけで、ほんの数秒後には、それらしい文章が画面いっぱいに生成されます。
経営者やWeb担当者の方々が、この効率性に飛びつきたくなる気持ちは痛いほどわかります。時間もコストも限られている中で、魔法のようなツールが現れたのですから。
しかし、世界のWebトレンドや検索エンジンの動向を最前線で追いかけている私の立場から申し上げますと、この「AIによるコンテンツの大量生産」は、手放しで喜べる状況ではありません。むしろ、Webという文化そのものを変質させ、私たちが大切にしてきた「情報の価値」を壊してしまう恐れすらあると感じています。
今回は、AIが生み出す記事がWebに何をもたらしているのか、そして、これからの時代に本当に評価されるホームページ(ウェブサイト)とはどのようなものなのか、技術と倫理の両面から深く掘り下げてお話しします。
「どこかで見たことがある」文章で埋め尽くされる未来
インターネットの面白さとは、一体何だったでしょうか。
それは、世界中の多種多様な人々が、それぞれの視点、それぞれの体験、それぞれの言葉で情報を発信していた点にあります。
プロのライターが書いた洗練された記事もあれば、個人の日記のような泥臭い文章もある。専門家の深い知識もあれば、初心者の素朴な疑問もある。この「情報の厚み」や「ノイズ」こそが、Webの豊かさであり、私たちが検索窓に言葉を打ち込む理由でした。
ところが今、その多様性が急速に失われつつあります。
AIが生成する文章は、インターネット上に存在する膨大な過去のデータをもとに、「統計的に最も確からしい言葉の並び」を出力したものです。つまり、AIが書く文章は、本質的に「平均点」の文章にならざるを得ません。
誰からも嫌われない代わりに、誰の心にも深く刺さらない。文法は完璧だけれども、体温を感じない。
皆さんも最近、何かを検索した時に感じたことはないでしょうか。「どのサイトを見ても、同じようなことしか書いていないな」と。
これが、AIによる記事の氾濫が招く「情報の均質化」です。オリジナルな声がかき消され、金太郎飴のように似通ったコンテンツばかりが目につくようになる。結果として、Web全体の多様性が失われ、情報の信頼性までもが削がれてしまうのです。
事業における「平均」は「死」を意味します
この問題を、事業(ビジネス)の視点で考えてみましょう。
ホームページ(ウェブサイト)を持つ目的は、他社との違いを伝え、自社のファンになってもらい、商品やサービスを選んでもらうことにあるはずです。
それなのに、AIを使って「平均的」な文章を量産して掲載することは、自ら「その他大勢」に埋没しにいくようなものです。
AIは、「一般的な正解」を答えるのは得意です。「Webマーケティングとは何か」と聞けば、教科書通りの答えを返してくれます。しかし、あなたの会社がこれまでどんな苦労をしてその商品を開発したのか、あなたのスタッフがどんな想いでお客様に接しているのか、昨日のトラブルをどうやって解決したのか、といった「固有のストーリー」は知りません。
顧客が求めているのは、ウィキペディアのような一般的な解説ではなく、「あなたの会社の見解」であり「あなたの会社の体験」です。
AIが書いた無難な記事で埋め尽くされたホームページは、一見すると綺麗に整っているように見えます。しかし、そこには「顔」が見えません。顔が見えない相手から、人は物を買いたいと思うでしょうか。高額なサービスを契約しようと思うでしょうか。
AIに頼り切るということは、自社のブランドを希薄化させるリスクを背負うことと同義なのです。
検索エンジンも「体験」を求めている
SEO(検索エンジン対策)の観点からも、AIコンテンツの丸写しは危険な賭けです。
Googleは近年、「E-E-A-T」という評価基準を重視しています。これは、Experience(経験)、Expertise(専門性)、Authoritativeness(権威性)、Trustworthiness(信頼性)の頭文字を取ったものです。
ここで注目すべきは、最初にある「Experience(経験)」です。
「実際にその製品を使ったことがあるか」「実際にその場所に行ったことがあるか」「実際にそのトラブルを解決したことがあるか」。Googleは、AIには絶対に真似できない「人間だけが持つ一次情報」を高く評価すると宣言しています。
AIは、データの海を泳ぐことはできても、現実世界で雨に濡れることも、美味しい料理に感動することも、失敗して落ち込むこともありません。つまり、AIには「経験」が欠落しているのです。
検索エンジンは今、AIが量産した「コピペのような記事」を検索結果から排除しようと、アルゴリズムの調整を続けています。楽をしてAIで記事を量産した結果、サイト全体の評価が下がり、検索圏外に飛ばされてしまったという事例も出始めています。
AIは「筆」であり「書き手」ではありません
ここまで厳しいことを申し上げましたが、私は決して「AIを使うな」と言いたいわけではありません。私自身、日々の業務でAIを使わない日はありません。
重要なのは、「AIに何をさせるか」という役割分担です。
冒頭の投稿にもありましたように、AIの活用自体が悪いわけではありません。例えば、商品ページのスペック表(サイズや重量など)の説明文のように、誰が書いても事実が変わらない部分に関しては、AIは非常に有効です。人間が書くよりも正確で、圧倒的に速いでしょう。
また、定型的な報告書の作成、多言語への自動翻訳、プログラミングコードの生成、あるいはアイデア出しの壁打ち相手として、AIは最高のパートナーになります。
記事作成においても、「たたき台」を作らせるまでなら問題ありません。「〇〇について記事を書きたいから、構成案を3つ出して」と頼めば、論理的な構成を瞬時に提案してくれます。
しかし、そこから先、つまり「肉付け」と「仕上げ」は、人間がやらなければなりません。
AIが出した骨組みに対して、自社の事例を加え、担当者の感想を入れ、独特の言い回しに書き換え、読み手への配慮を込める。
AIをそのまま出力して「完了」とするのが問題なのであり、そこに人の知恵や体験を重ね合わせることで、初めて価値が生まれるのです。
「0から1」は人間、「1から100」はAI
私の考えでは、Web制作における役割分担は次のように整理できます。
「0から1」を生み出すのは、人間の仕事です。 何を伝えるか、誰に伝えるか、どんな感情を呼び起こしたいか。この企画や方向性は、事業への情熱を持つ人間が決めるべきです。
「1から100」に広げるのは、AIの得意分野かもしれません。 決まった方向性に沿って情報を網羅したり、バリエーションを増やしたり、誤字脱字をチェックしたりする作業です。
そして最後の「画竜点睛」、魂を入れる作業は再び人間の手に戻ります。
このサンドイッチ構造を理解せずに、0から100まですべてをAIに任せようとするから、退屈で価値のないコンテンツが生まれてしまうのです。
手間をかけることが「差別化」になる時代
皮肉なことに、AIが進化すればするほど、相対的に「人間が汗をかいて書いた文章」の価値は上がっていきます。
多くの企業が効率化の名の下にAIコンテンツに流れていけば、Web上は似たような情報で溢れかえります。その中で、独自の視点、生々しい体験談、書き手の体温が伝わるような文章を発信し続ける企業は、砂漠の中のオアシスのように際立つ存在になるでしょう。
「手間がかかる」「面倒くさい」と思われるかもしれません。しかし、競合他社がやりたがらない「面倒くさいこと」をやり続けることこそが、最も確実な差別化戦略です。
Webマーケティングの世界には、「コンテンツ・イズ・キング(中身こそが王様)」という言葉があります。
AIが生成したテキストデータは、あくまで「データ」です。それを、読み手の心を動かす「コンテンツ」に昇華させることができるのは、今のところ人間だけです。
言葉を紡ぐことは、思考すること
最後に、もう一つ大切な視点をお伝えします。
文章を書くという行為は、単なる作業ではありません。自社の商品について深く考え、顧客の悩みに思いを馳せ、どう伝えれば喜んでもらえるかを試行錯誤する「思考のプロセス」そのものです。
もし、文章作成をすべてAIに丸投げしてしまえば、私たちは顧客のことを考える時間を放棄することになります。思考を外部化してしまえば、やがて自社の中から「言葉にする力」や「伝える力」が失われていくでしょう。
ホームページ(ウェブサイト)は、会社の鏡です。そこに並んでいる言葉が、借り物の言葉であれば、会社そのものも薄っぺらく見えてしまいます。
不格好でもいい。洗練されていなくてもいい。自分たちの頭で考え、自分たちの言葉で語りかけてください。
AIという強力なエンジンを使いこなしながらも、ハンドルは決して離さない。行き先を決めるのも、景色を楽しむのも、私たち人間です。
そうやって作られたホームページだけが、これからのAI時代においても、人々の信頼を勝ち取り、多様性のある豊かなWebの世界を守り抜くことができると、私は信じています。
電子音楽制作とウェブサイト制作(ホームページ制作) たまに楽器
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